国内外でHR分野の業務や責任者を務め、現在、銀座に看板のない隠れ家BARを営む傍、人事系フリーランサーとして活躍する鈴木 康弘氏に、テレワーク下のオンラインコミュニケーションで重要なことや、これからの働き方、仕事に対する考えかたについてお話を伺いました。

「言語化する能力」と「ちょっといいですか?」が重要

テレワークが普及し起こった変化は何ですか?

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鈴木さん
ある大手企業の営業部門では新型コロナウイルスが流行を始めた去年3月頃、能力が低い課長の部下は鬱になりましたが、高い課長の部下は問題なく仕事を行えていました。
この「能力」がどういう能力かというと、「言語化する能力」だったそうです。

社内の百を越える営業チームの業績と課長のマネジメント能力の相関性を経営企画部の視点で解析したそうなのですが、
「見て覚えろ」とか「気合いでやる」というようなスタイルのチームは、決して優秀でないというわけではなく新型コロナウイルス流行以前は成果を出していましたが、コロナ禍の直後には組織コンディションと業績がガタ落ちしました。
コロナ禍になっても生き残ることのできたチームのリーダーは、指示がしっかり言語化されており極めて明瞭でした。

部長であろうが、社長であろうが、現場で様子を見るなどし、メンバーのコンディションを非言語で感覚的に把握し、励ましてモチベートしていくタイプのリーダーはオンラインでの組織マネジメントには弱かったようです。
なぜかというと、オンラインではメンバーの様子や状態を掴みにくく、また、用件がないとメンバーとコミュニケーションを取らないからです。

感覚的でも能力が高い人の中には、1年間かけてリモート化に順応してきた人も多くいます。
現在でもマネジメント層のレベルや、人材の能力が高い会社はフルリモートでも業務が行えている印象です。
上長が指示を明確に言語化して、部下を信じて任せるというマネジメントが成り立つ組織です。

しかし、逆の場合は、社員に出社をさせている企業が多いように思います。
部下の一挙手一投足を見ながらマイクロマネジメントしないと成果が落ちるのでしょう。
ベンチャー企業に目を移すと、変化が激しく決まった成功の型が少ない環境のため、出社の形態を選ぶ企業が大企業と比べて多いようです。

確かにコミュニケーションの量や方法は大きく変わりましたね。

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鈴木さん
リモートワークが普及し「ちょっといいですか?」と話しかけるような、気軽なコミュニケーションが行いにくくなりました。オンラインだと要件を決め、どんなに短くても15分程度は会議という形でコミュニケーションを取りますよね。
ですから、「Zoomを繋ぐほどじゃないけど…」と言うような、ちょっとした相談事が難しいのです。

信頼関係が構築できていればチャットなどで気軽に相談できますが、信頼関係・親近感が醸成されていない場合は、上司に向けた部下からの気軽な発信が難しい。
また、部下からの発信がしにくいだけでなく、同じオフィスで仕事をしている場合は、上司も部下の様子を把握する事ができますから、心配な部下に「大丈夫?」と声をかけることもできました。

「お金に繋がる仕事」をしている時間が増えると売り上げは上がり、していなと下がるわけですが、お金に繋がらない仕事の例が、クレームへの対応やトラブルの鎮火です。
近い将来にトラブルが起こるかもしれない予兆を感じた時に「ちょっといいですか?」と部下から上司へ軽く一声かけると上司もすぐに手を打つ事ができ、対応にも時間がかかりません。
しかし、気軽に相談がしにくいリモートワーク下では、事が大きくなってから相談される事が増え、クレーム対応やトラブルを鎮火する仕事=売り上げに繋がらない仕事に、時間を割く事が増えました。
結果的に売上が下がるわけです。

営業の現場で起こった変化はありますか?

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鈴木さん
営業面の課題でいくと、新規開拓営業はどこの企業もかなり苦戦していました。ただ、1度だけでも対面したことがあるクライアントなら問題なく商談が進められています。
どうやら人間は、1度顔を合わせると親近感・信頼感が湧き、安心感を覚えるようです。

競合がいて、商品や値段がほとんど一緒だった場合、「日頃から顔を出しに来てくれていた企業の担当者さんから購入しようかな」となるのは人間の心理なのでしょう。
すでに競合がいる場合、クライアントに向けオンラインだけでコミュニケーションを取ってリプレースをかける営業はかなり苦戦していますというお話を、様々な会社の営業部長さんたちからお伺いました。
新規開拓が難しい分、どの企業も既存の取引先を死守、アップセルするようなスタイルになっていました。

1度会った人なら、その後はリモートに移行しても比較的大丈夫なようです。
人間の心理的な部分のお話ですので
極端な話、5分だけ会って「あとはオンラインで!」というスタイルでも成り立つのかもしれないと思います。

「ホウレンソウ」から「ザッソウ」へ

これからのチームビルディングに大切なことは何でしょう?

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鈴木さん
ビジネスの場ではずっと報告・連絡・相談の「ホウレンソウ」が大事だと言われていましたが、オンラインでは「ザッソウ」がチームを成り立たせる上で重要になってくるのではないでしょうか。ザッソウとは、雑談・相談です。
雑談の促進が、リモートワーク下でも生産性を向上させるキーポイントだと思います。

雑談からは、成長機会・トラブル防止・クリエイティブなアイデアの3つが生まれます。

成長機会に関して言えば、オフィスで仕事をしていると、隣で仕事をしている先輩、斜め前に座っている先輩、また隣の部署の人など、雑談を通して様々な事を教えてもらえるきっかけがありました。
そういった機会はリモートワークが普及し減ってしまいましたよね。

トラブル防止は先ほどと同じように「ちょっといいですか?」という相談から、少し煙が上がり始めた状態で気付けたり、本人は気づいていなくても雑談の中からトラブルの芽に気づけたりすることで、早期に対処ができます。

また、クリエイティブなアイデアは、会議室で資料を見ながら考えていてもなかなかいいものは生み出されないものです。
食事をしたり、遊んだり、リラックスした状態じゃないと難しいですよね。
オンラインで行うとすれば、机の上を整える、部屋にグリーンを置くなど、リラックスできる状態を作り出す事も大事になるような気がします。

意味のある雑談とはどういったものでしょうか?

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鈴木さん
隣の部署の商況の話を聞くなどです。「隣の部署がこうなら、うちはこうできるな」などと新しいアイディアや改善に繋がります。

成長機会に関しては、特に新卒や若手社員さんの人材育成と勤務定着にはオフラインの出社の場はプラス面が多い感じます。

オフィスで直属の上司だけでなく、隣のグループにいる先輩社員たちから仕事を学んだり、話相手になって頂いて救われた記憶は誰しもあるはずです。
相性の悪い上司の下についてしまった場合にも、斜め上の面倒見の良い先輩たちがいれば組織としてフォローが利くのでパフォーマンスの低下と離職率を抑えることができます。

働き方はより自由に、そして人間らしく

この2年で、働き方や組織のあり方について何が起こると思いますか?

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鈴木さん
リモートワークが普及し、オンラインの方が生産性が高い人と、オフラインの方が生産性が高い人が分かっただけでなく、オンラインの方が生産性が高い職種と、オフラインの方が生産性が高い職種も浮き彫りになりました。
リモートワーク下になりエンジニア系の業種や、直接人と接することが得意ではない人の労働環境は改善されました。
逆に、会議で複数の人と会話し様子を見ながら方向を決定していくような人や、クライアントと飲みの席で状況の把握などをしていた人は、生産性やモチベーションが下がったと思います。

結論、これからは生産性が上がる働き方をそれぞれが選べるようになると思います。
企業もより生産性が上がるよう、仕組みやルールを作るでしょう。
よって働き方に対し、さらに自由度が上がるのではないでしょうか?

1人で作業を行う職種や、決まったパターンがありルーティン化されている業務内容を行う
人はオンラインで。
人を動かす仕事や、勝ちパターンがまだ確定していないスタートアップ、勝ちパターンの上にさらに成長を見込みたい組織はオフラインで作業するのがいいでしょうね。

働き方や仕事に対する考え方も変わってくるでしょうか?

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鈴木さん
中には、会社に行かないと気合いが入らないという人もいます。メンバーと共にアドレナリン全開で一生懸命に働いていると、集団心理というものは不思議なもので、どんな激務でも5年…10年…とやっていると、それが普通になってくるのです。

ただ、その状態から1年くらい家でのリモートワークが続くと、ふっと「あの生活はもうしなくてもいいな」と感じる人もいます。
魔法が解けたみたいですよね(笑)。

僕は、人間が人間らしい方向に変わってきたのだと思います。
生産性や業績の向上をどれだけ追求しても、幸福度は向上していないことに気づいた人も多いのではないでしょうか?

原始時代は猟をしたり、洗濯をしたり、労働時間は1日5時間で、週7日間働いていました。
産業革命の時、イギリスでは生産性が上がるなどの根拠は何もない中、1日8時間の労働と決められました。
現在まで1日8時間労働が普通になっていますが、人間が集中して仕事ができる時間は1日5時間までという説もあります。

自営業者は仕事量と労働時間の設定が自由なので私自身も色々と試してみたのですが
1日15時間働いた時と6時間働いた時の差を、10年間比べてみても、事業全体の最終的な利益は正直あまり変わりませんでした。
テクノロジーがこんなに進歩しているのに、原始時代より労働時間が長くなっているなんておかしいですよね(笑)。

これからビジネスパーソンに大切なものは何だと思いますか?

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鈴木さん
これからの労働環境や、労働時間、労働内容はAIが大きく関係し、変化してくると思います。これからさらにAIでも代用できる仕事はロボットが行なうことになるでしょうが、AIにできない仕事もあります。
それは前例のない課題に取り組む仕事と、人の感情を読み取る仕事です。

その2つの仕事をする上で、私たちに必要になるのは心の余裕だと思います。
特にマネジメント層は自分の業務に精一杯だと、部下の様子を見て把握する余裕や、人の事を考えられる余裕すらなくなってしまいますしね。

ビジネスは基本的に「他人にキモチよく動いて頂くこと」で成果が出ます。

リモートワークで直接人に会えない現在の社会状況だからこそ、他人の様子を見て、他人の心や状況に想いを巡らせる心の余裕、助け合う優しさを今まで以上に意識している人、組織が仕事で関わる人みんなを幸せにし、結果として業績の成果に繋がっているように見えます。
プロフィール

新卒でリクルートエージェントに入社。後、フィジー留学のベンチャー企業にて現地法人の責任者や取締役を務める。退職後、転職相談Barをオープンし、その傍、大手人材会社の採用支援などにも取り組む。
34歳の時、外資系飲食店にて新規店舗立ち上げと採用責任者を海外にて経験。
現在、銀座にて看板のない隠れ家BAR「助家」を経営する傍ら、フリーランスで人事業にも取り組む。

【著書】
転職の赤本」エンターブレイン社
20代の転職読本」翔泳社

【BAR 助家所在地】
隠れ家につきナイショです。
ご縁があればきっと銀座のどこかでお会いできる日がくるでしょう。乾杯!