「人的資本という言葉を聞いたことはあるけれど、経営にどう活かせばいいかわからない」という経営者や人事責任者の方は多いのではないでしょうか?
人的資本経営とは、従業員の能力やスキルなどを経営資源として重視する考え方です。
近年、会社の信頼性や成長性を測る指標として人的資本が注目されつつあります。
本記事では、人的資本の概要や人的資本経営を取り入れるメリット、人的資本経営を行なっている企業の事例を紹介します。
経営方法の見直しや社会的信頼の向上を行いたい方はぜひご覧ください。
目次
人的資本とは
人的資本(Human Capital)とは、従業員が持つ「知識」「スキル」「ナレッジ」といった能力を、会社の資本としてとらえる考え方のこと。
OECD(経済協力開発機構)は2001年の報告書で、人的資本を「個人的・社会的・経済的厚生の創出に寄与する知識・技能・能力及び属性で、個々人に備わったもの」と定義しました。
近年のグローバル化や第三次産業の拡大により、競合との差別化や提供価値向上の鍵として、「ヒト・モノ・カネ」の経営資源の中でも「ヒト」の重要性が高まっています。
そこで、会社に従業員の能力やスキルを「人的資本」と見なし、会社の収益性を向上させるために適切な投資を行おうとする動きが広まっています。
人的資本が求められている背景
ここでは企業経営において人的資本の考え方が求められている背景を解説します。
人材や労働環境の多様化
人的資本が注目される背景として、社会構造や働き方に対する考え方が大きく変化していることが挙げられます。
新型コロナウイルス流行によりテレワークが増えたほか、働き方改革・ダイバーシティ経営の考え方が浸透したことで、「働く」ことに対して様々な価値観をもつ人材が増えてきています。
そのような中で、従業員のマネジメントや育成方針を改めて考え直す企業が増えています。
またグローバル化やIT化など、企業を取り巻く環境もまた大きく変化しています。
その中で、グローバル人材やデジタル人材といった特定の技能をもつ人材を雇用・育成する重要性は高まっており、それに伴って個々の従業員の能力を最大限に引き出す人的資本の考え方が求められています。
ESG投資の高まり
ESG投資とは、Environment(環境)、Social(社会)、Governance(企業統治)の3つの観点から企業の持続可能性の有無を評価し、投資するかどうかを決める方法のこと。
近年企業の長期的成長を見極めるために、従来の財務情報には反映されていないESGに関する情報の開示を要求する声が、投資家を中心に広まっています。
その中で人的資本はSocial(社会)の部分に含まれており、投資家にとっても人的資本は事業の持続性や成長性を見極めるために必要な項目と認識されています。
「会社を中長期的に成長させるためには、人的資本に対する適切な投資が重要」だと考えられているからこそ、ステークホルダーから情報の開示を求められることも増えています。
人的資本経営に取り組むメリット
人的資本経営は、人的資本を用いることで中長期的な企業価値向上につなげる経営方法のこと。
ここでは企業が人的資本経営に取り組むメリットを解説します。
従業員がもつスキルの可視化
人的資本経営を行うことで、自社の従業員がどんな能力や知識・スキルを有しているかを正確に把握できます。
また全社的に人的資本を可視化することでスキルと配置のミスマッチを把握でき、従業員1人ひとりの本来のパフォーマンスを発揮できる人材配置を実施できます。
従業員エンゲージメントの向上
人的資本経営の取り組みでは、人材育成に積極的な投資を行います。
人材育成に力を入れると、従業員は成長実感や自己効力感を得やすくなり、モチベーションの維持や向上が期待できます。
結果的に企業へのエンゲージメントも向上し、離職率の低下にもつながるでしょう。
企業ブランディングの確立
人材育成に力を入れている会社は「ヒトに投資する企業」として社会から一定の信頼を得やすく、企業のブランドイメージが向上しやすいです。
求職者から「この企業で働きたい」と思われる機会も増えるため、優秀な人材が集まりやすくなり、さらに企業競争力の向上につながります。
投資してもらえる確率が高まる
ESG投資家は企業の人的資本に注目しています。
投資家から人的資本の開示内容が評価された場合、投資をしてもらえる確率が高くなります。
投資額が増えれば、売却した株の資金を人的資本の投資に充てることができ、さらに人的資本を拡大することができるでしょう。
人的資本の情報開示が求められている7分野19項目
2022年に政府が公表した「人的資本可視化指針」では、人的資本の開示項目として以下の7分野19項目を示しています。
なお、情報開示の必須項目は上記の項目の一部で「投資目的」と「数値化が可能であるか」のふたつの視点で整理し、開示することが求められます。
人材育成
人材育成分野では「リーダーシップ」「育成」「スキル・経験」の項目が挙げられています。
ここでは研修にかけた時間や費用、人材育成方針や社内環境整備方針、その達成度合いを測る指標や目標・進捗状況などを開示することが求められています。
多様性
多様性分野では「ダイバーシティ」「非差別」「出産・育児休業」の項目が挙げられています。
性別・人種・国籍など、多様性のある人材を受け入れる体制が整備されているか、また育児休業の取得率、男女間の給与差などの情報開示が求められています。
健康・安全
健康・安全分野では「精神的健康」「身体的健康」「安全」の項目が挙げられています。
労働災害の発生率や従業員の欠勤率など、従業員の健康が脅かされていないかを確認する指標のほか、医療・ヘルスケアサービスの利用推進など、従業員が心身ともに健康に働けるような体制を整備しているかを開示することが求められています。
労働慣行
労働慣行分野では、「労働慣行」「児童労働・強制労働」「賃金の公正性」「福利厚生」「組合との関係」の項目が挙げられています。
賃金の適正さや不正な労働が行われていないかを示す指標を開示することが求められており、会社の社会的信用に関わる重要な項目と言えます。
エンゲージメント
エンゲージメント分野では「従業員満足度」の項目が挙げられています。
企業への帰属意識や不満度合い、成長実感を感じながら働けているかなどの開示が求められており、サーベイによって算出できる指標です。
流動性
流動性分野では「採用」「維持・定着」「後継者育成」の項目が挙げられています。
離職率や定着率、採用コストなどの開示が求められているほか、後継者候補の育成が十分に行われているかなども開示事項として挙げられています。
コンプライアンス
コンプライアンス分野では「法令遵守」の項目が挙げられています。
深刻な人権問題や差別、法律違反を行っていないかなどを開示が求められており、社会的な規範や倫理に基づいて経営が行われているかを示す項目です。
人的資本経営に取り組んでいる企業事例
ここでは人的資本経営に積極的に取り組んでいる企業の事例を解説します。
アステラス製薬株式会社
医薬品の製造・販売を行うアステラス製薬では、「人事部自身がより良いビジネスパートナーになる」ことを目指し、データドリブンのHRに取り組んでいます。
社内ではピープルアナリティクスのスキルを育成し、HRにまつわるデータをダッシュボードにまとめ、経営層の意思決定や課題解決に活用しています。
また経営計画として「組織健全性」組織健全性に関する目標を明確化、目標達成のための具体的なアクションとして経営陣と社員が直接対話することで、社内文化・マインドセットの浸透を行っています。
キリンホールディングス株式会社
飲料・医薬品の領域で築き上げた組織の強みを活かし、ヘルスサイエンス領域への参入を決断したキリンホールディングス。
同社は新領域への参入を成功させるべく、ヘルスサイエンスやICT人材の採用を強化し、経営戦略と人材戦略を強く連動させたそうです。
また経営理念の浸透を通じた従業員エンゲージメントの最大化を目標に掲げ、役員報酬にもエンゲージメントスコアなど経営陣がエンゲージメント向上にコミットする体制を築いています。
さらに、イノベーション創出を目的とした女性リーダーの育成や視点の多様化に向けた人財交流も実施しています。
まとめ
本記事では人的資本の概要と人的資本経営に取り組むメリット、企業の取り組み事例を紹介しました。
情報開示が義務化されたことや、投資家からの注目が高まっている点から、人的資本は企業経営に欠かせない要素の1つとなっています。
人的資本経営を実施し、従業員の個々の能力を把握することで、最適な人材配置を行えるようになり、企業の成長はもちろん、従業員エンゲージメントも高まります。
また人的資本の情報開示に取り組むことで、投資家からも注目されやすくなります。
ぜひこの記事を参考に、一度人的資本の扱いについて自社で検討してみてはいかがでしょうか。